この記事は、がんを告知された人、治療中の人、そして「もしかしたら」と不安を抱えているあなたに向けて書きました。 人付き合いの形が変わるのは弱さではなく、心が自分を守りながら回復している証拠です。 私は乳がんの告知から2年が経ちました。 その間に経験した心の揺れや、人間関係の変化を振り返りながら、同じように悩むあなたにそっと寄り添いたいと思っています。

乳がん告知から2年。 痛みは少しずつ薄れてきたけれど、 人付き合いのことになると、今でも心がざわつく瞬間があります。

告知直後は、誰かに会いたくて、話したくて、 いろんな人に連絡をしました。 けれど、拒絶された経験もあり、 その痛みが今の私の「距離の取り方」に影響しているのだと思います。

この記事で一番伝えたいことは、 人付き合いの形が変わるのは弱さではなく、 心が回復している証拠です。

散歩や買い物は平気なのに、 親や親戚、昔の知り合いに会うことだけがどうしても重く感じてしまう。 でも、気心の知れた友人や元同僚には自然と会いたいと思える。

あの時、放射線科の看護師さんが 「会いたいと思う人だけ会えばいい」 と静かに言ってくれた言葉は、今の私の心の支えです。

静かな森の中に続く一本の小道。柔らかな光が差し込み、これから歩む心の道のりをそっと象徴する風景。

告知直後は「人とつながりたい」気持ちが強かった

告知直後の私は、 「この先どうなるんだろう」という不安が一気に押し寄せて、 誰かに話を聞いてほしくて、 誰かとつながっていたくて、 いろんな人に連絡をしました。

それは、ただ寂しかったからではなく、 もし万一のことがあった時のことを考えて、 “会いたい人には会っておきたい”という気持ちが強かったからです。

がんという現実を前にすると、 人とのつながりが、いつも以上に大切に思えてくる瞬間があります。

けれど、すべてが思い通りにいくわけではありません。

連絡を取った元同僚の一人は、 その後医療従事者として働くようになっていました。

その彼女から 「医療現場で人の生死を見ている。あなたの病気まで背負うのは重い」 と言われたことは、今でも胸に残っています。

その言葉を聞いた瞬間は、やはり傷つきました。 でも、コロナ禍で医療現場の過酷さを 報道で目にしてきたこともあり、 彼女が言ったことは、ある意味その通りなのだとも思います。

医療現場で働く人が抱えている重さは、 私には想像しきれないほど大きいのだろうと感じました。

だから、 「会えないのは仕方がないこと」 と静かに受け止めて、 彼女とはそっと距離を置いています。

告知の体験についてはnoteで詳しく書いています。
🔗乳がんの告知は1度じゃ終わらなかった──私が3度聞いた「がんです」の言葉と、検診の大切さを伝えたい

従妹が「親戚づきあいをやめたい」と言った理由が、今なら分かる

告知を受ける少し前、 同じく乳がんを患っていた従妹が 「叔母と距離を置きたい」「親戚づきあいをやめたい」 と強く訴えていた時期がありました。

その話は、従妹本人からではなく、 叔母から聞いたものでした。

叔母は従妹を気遣い、 好きな食べ物を作ってお見舞いに行ったり、 家事を手伝ったりしていたことを私は知っていたので、 当時の私は、 どうしてそんなことになってしまったのか理解できずにいました。

けれど、告知を受け、治療を経験した今の私は、 あの時の従妹の気持ちが痛いほど分かります。

治療中は、普段なら流せる何気ない言葉が 鋭いとげのように心に刺さることがあります。 心が守りモードになり、 人間関係の許容量が極端に狭くなるのです。

従妹もきっと、 「これ以上心が傷つかないように」 距離を取っていたのだと思います。

あの時は理解できなかった従妹の選択が、 今では“心を守るための自然な反応”だったと分かります。

従妹のお話は、こちらの記事でも触れています。
🔗朝ドラ『風、薫る』仲間由紀恵さんの乳がんに涙。2024年罹患のピンクリボンアドバイザーが紐解く「明治・大正期の乳がん治療」と、現代を生きる私たちの選択 – Lavender Bloom

親や親戚に会うのが重く感じる理由

散歩や買い物は平気なのに、 親や親戚、昔の知り合いに会うことだけが重く感じる。

これは、 過去の関係性が心の負荷として立ち上がるからです。

がん告知は、心の奥にある「痛み」を揺さぶります。 その痛みは、家族や親戚といった“近しい関係”ほど強く反応します。

曇り空の下、遠くにぼんやりと浮かぶ家のシルエット。親との距離感や、心の負荷を静かに表すイメージ。

近しい人ほど心が重くなるのは、 その人たちとの関係性の中に、 期待・役割・過去の記憶・言葉の積み重ねがあるからです。

心は、安心できる人には素直に開く一方で、 「気持ちを分かってもらえないかもしれない人」 「期待に応えられないかもしれない人」 「過去に傷ついた記憶がある人」 に対しては、無意識に防御モードになります。

治療中は心のエネルギーが限られているため、 その防御反応がより強く出やすくなります。

だから「会いたくない」のではなく、 「今の心の状態では受け止めきれない」 というだけなのです。

これは弱さではなく、 心が自分を守っている証拠です。

乳がんの「違い」が伝わらないもどかしさと、親不孝という罪悪感

親世代との医療知識の乖離は、想像以上に私の心を静かに疲れさせていきました。

私の乳がんは比較的早期に発見され、部分切除を選択しました。遺伝子検査の結果、抗がん剤ではなく、10年間のホルモン療法を続けていく治療方針をとっています。

しかし、親にとっては「すべて同じ乳がん」というひとくくりになってしまうのです。

  • 「日帰りでサクッと手術できた知り合いもいるのに、なぜ大学病院で長引いたの?」
  • 「抗がん剤を終えて経過観察に入った従妹に比べて、なぜあなたは、まだ通院しているの?」

私は両親に、治療法やステージを詳しく説明したことはありません。 それでも、親はどこかで聞いた話や誰かの体験談をもとに、 “こうなんだろう”と勝手に解釈してしまうことがありました。

その誤解をそっと訂正しようとしたこともありましたが、 『それぞれ病期(ステージ)も、選択した治療法も違うんだよ』と 何度伝えても分かってもらえない。 その繰り返しに疲れ果ててしまい、 やがて説明すること自体をやめました。

すでに自分の両親(私の義両親)を亡くしている夫からは、「親が生きているうちに親孝行しないと後悔するよ」と言われます。先に見送ったからこその、夫なりの実感のこもった言葉なのだと思います。 自分でも、今の私の態度が「親不孝」に見えることは痛いほど分かっています。罪悪感がないわけではありません。

けれど夫は、私のそんな葛藤を責めることなく、今は私の気持ちを一番に優先してくれています。無理に親に会いに行かせようとはせず、静かに見守ってくれていることが、何よりの救いです。

だからこそ、今は完全に縁を切るのではなく、「適切な距離」を保つようにしています。

あえて自分から積極的に電話はしないけれど、親からかかってくれば話をする。出られなかったら、折り返しは必ずする。誕生日には、お祝いのメールを贈る。

「冷たい娘」だと思われるかもしれない。 でも、今の私の心のエネルギーでは、これ以上のキャパシティを超えたコミュニケーションを受け止めきれないのです。だからこそ、「今は距離を置く」という選択が必要でした。

それでも、会いたいと思える人がいる

不思議なことに、 気心の知れた友人や元同僚には、自然と会いたいと思える。

これは、 人間関係を閉じているのではなく、 安心できる人間関係が残っただけです。

がん告知は、 人間関係の「本質」を静かに浮かび上がらせます。

会うと心が軽くなる人。 会うと心が重くなる人。

その境界線が、以前よりはっきりしてきたのだと思います。

そして、 会いたいと思える人がいることは、本当に素晴らしいことだと感じています。

カフェのテーブルに並ぶ2つのカップ。気心の知れた友人と過ごす、変わらない温かい時間を象徴する風景。

学生時代の友人たちは、 「病気になったから会う」のではなく、 「会いたいから会う」というスタンスでいてくれます。

久しぶりに会っても、 何十年も時間が経っているのに、 学生時代と変わらない他愛のない話で笑い合える。 その時間が、私にとっては何よりの癒しです。

がんになったから特別扱いするのではなく、 昔と同じように接してくれる。 その自然さが、心を軽くしてくれます。

やはり、 放射線科の看護師さんが言ってくれた 「会いたい人に会えばいい」 という言葉が、今の私の心の支えであり、 行動の道標になっています。

この言葉があったからこそ、 私は「誰と会うか」を自分で選べるようになりました。 その選択が、心の回復につながっているのだと思います。

私の内側に向いていた気持ちを外側に向けさせてくれた「時間薬」のお話はこちらから

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同じように悩むあなたへ

朝の光が静かに差し込む部屋。心が少しずつ回復していく過程と、今日を生きるための小さな希望を表すイメージ。

がん告知は、人生の価値観も、人付き合いの形も静かに変えていきます。

人付き合いの形が変わるのは、 弱さではなく、 心が回復している証拠です。

あなたの心が安心できる距離感を、 あなた自身が選んでいい。

今は、 “安心できる人間関係だけで生きる時期”で大丈夫です。

今日も、生きているだけで十分です。 あなたのペースで、ゆっくり進んでいきましょう。

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この記事は、私自身の経験をもとに感じたことや気づきをまとめたものです。
医療的な判断や治療方針については、必ず担当医や医療機関にご相談ください。
心の揺れや人付き合いの変化は人それぞれであり、すべての方に当てはまるわけではありません。
あなたの心が少しでも軽くなるきっかけになれば幸いです。
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