タモキシフェンの副作用がつらいあなたへ。時間薬が効いてくると教えてくれた言葉

タモキシフェンの副作用がつらくて、 「いつまで続くんだろう」 「自分だけなのかな」 そう思ってしまう日、ありますよね。
私も術後1年は、本当につらかったです。
そんな時、放射線科を卒業するときに 看護師さんから言われた言葉が、今も心に残っています。
「今は辛いかもしれないけれど、時間薬が効いてきますよ。 ここまで治療を乗り越えてきたあなたは、本当に強い。」
この言葉が、私の心をそっと支えてくれました。
この記事でわかること
- タモキシフェンの副作用がつらい時期に、私を支えてくれた言葉
- 副作用の捉え方が変わった瞬間
- 気分の沈み・ホットフラッシュ・皮膚症状との向き合い方
- 心が折れそうな日に、どう自分を保つか
- 「時間薬」という考え方が、なぜ心を軽くしてくれるのか
この記事はこんなあなたへ
- タモキシフェンの副作用がつらく、心が折れそうになっている
- 気分の落ち込みやだるさが続き、出口が見えない
- 当事者のリアルな体験談を知りたい
- 医療情報だけではなく、心に寄り添う言葉がほしい
- 「自分だけじゃない」と感じたい
タモキシフェンの副作用がつらい時期、私を支えてくれた言葉
これは、私が放射線治療の最終日から現在に至るまでの経験に基づいたお話しです。
放射線科の看護師さんがくれた“時間薬”というメッセージ
毎日2時間かけて重ねてきた通院、そして「今日で終わり」という安堵と、これからの不安。
放射線治療の最終日、担当医の診察と最後の照射を終えた私は、待合室から個室の面談室へと案内されました。そこで待っていた看護師さんから「今日で放射線治療はすべて終了です。お疲れさまでした。これで放射線科は卒業ですね」と声をかけられたとき、堰を切ったように、これまで胸に溜め込んでいた不安が溢れ出てしまいました。
- 長距離通院のこれまでの疲れ
- 当時まさに直面していた、タモキシフェンの副作用による激しい気分の浮き沈み
- 赤くヒリヒリした感覚が出始めていた皮膚の副作用が、いつまで続くのかという恐怖
- そして、これから先に出てくるかもしれない晩期副作用への見えない不安
「これからどうなってしまうんだろう」 そんな私の言葉を静かに受け止めてくれた看護師さんが、最後に私を真っ直ぐに見つめて、こう言ってくれたのです。
**「今は、副作用が出て辛いかもしれないけれど、『時間薬』時間が経てば、手術の痕も、心の傷も癒してくれますよ。
癌と向き合って、この大学病院を卒業されていった方を私はたくさん見てきました。でも、ここまでの治療を乗り越えて大学病院を卒業していった方は皆さん、本当に強い。
だから、あなたもそうですよ。」**

術後1年は本当につらかった。あなたと同じでした
看護師さんの温かい言葉に救われ、無事に放射線科を卒業した私ですが、そこからの1年間は、決して平坦な道のりではありませんでした。
今だから白状すると、術後1年が経つまでは、体も心も本当につらい日々が続いていたのです。
1. 放射線治療のあと、約1ヶ月続いた皮膚のヒリヒリ
治療が終わってホッとしたのも束の間、肌の赤みとヒリヒリとした痛みが約1ヶ月間、しつこく続きました。 時期がちょうど「冬」だったこともあり、肌の乾燥は大敵。看護師さんから口を酸っぱくして指導されていた「清潔」と「保湿」を、毎日とにかく念入りに続けました。 また、免疫力が下がっている時期でもあったため、インフルエンザやコロナウイルス、ノロウイルスなどの感染症対策には、人一倍神経を尖らせる毎日でした。
2. 冬も夏も、逃げ場のないホットフラッシュ
追い打ちをかけるように本格化したのが、タモキシフェンの副作用でした。特にホットフラッシュには本当に悩まされました。
- 冬のつらさ: 外は寒いのに、暖房が効いた部屋に入った瞬間にカッと体が熱くなり、滝のような汗が止まらなくなる。
- 夏のつらさ: ただでさえ暑いのに、ホットフラッシュで大量の汗をかく。その結果、今度は冷房の効いた部屋に入ると体が冷え切ってしまい、エアコンの風がすっかり苦手になってしまいました。
3. 季節の変わり目に襲ってくる、底なしの気分の沈み
一番苦しかったのは、体調だけでなく「心」にも副作用の波が押し寄せてきたことです。 気分の浮き沈みが激しくなり、特に「冬→春」「春→夏」「夏→秋」と、季節がカチッと切り替わるタイミングには、底なし沼に落ちたようにひどく気分が沈み込みました。 朝、どうしても布団から起き上がることができず、天井を見つめたまま涙が流れるような、本当につらい日もありました。
「看護師さんは強いって言ってくれたけれど、私、全然強くないかもしれない……」 そんな風に思ってしまう夜が、何度もあったのです。
心が少し軽くなった理由。副作用の捉え方が変わった瞬間
「私は一人じゃない。これまでがんを乗り越えてきた人たちみんなが、この道を通ってきたんだ」
看護師さんの言葉を反芻するうちに、私の心の中で「自分だけが辛いわけじゃない。私もこのままじゃなく、前を向いて変わらなきゃ」という小さな芽が生まれ始めました。
そんな折、私の背中を大きく押してくれる、ある運命的な出会いがあったのです。
「副作用=薬が効いている証拠」という再解釈
再解釈へ導いた、山手線での成功体験
気持ちを切り替えるきっかけになったのは、WEBで見かけた、PR TIMESさんが主催する『April Dream(エープリルドリーム)』というイベントの広告でした。
「4月1日に、嘘をつくのではなく、大真面目に夢を語ろう」
そのコンセプトに強く惹かれた私は、ある夢を応募しました。それは、選ばれた人の夢が桜の花びらに乗せてデザインされ、山手線の車内をジャックして駆け巡るという企画です。
まさか……と思っていましたが、結果は「当選」。私の語った夢が、本物の山手線に乗って東京の街を走り抜けたのです。この最高の成功体験が、それまでずっと「病気やつらさ」という自分の内側ばかりに向いていた私の視線を、一気に外の世界へと向けさせてくれました。心に大きな自信を取り戻せた、私にとって本当に大切な宝物のような経験です。

SNSやブログで言語化することで、心が整っていった
山手線の興奮が冷めやらぬその年の7月、私の人生を揺さぶるような、思いもよらない「大切な人との永遠のお別れ」がありました。
あまりにもショックな出来事でしたが、同時にこの悲しい別れは、私に「生きる」ということの意味を再び激しく突きつけました。 「私は、がんになっても今こうして生きている。言葉の力を使って、誰かが『生きる』を選択できるような発信をしたい」
そう決意した私は、SNSのThreads(スレッズ)やNOTEで、自分の言葉を紡ぎ始めました。
私自身、がんと宣告された当時は、不安で夜通しスマホを叩く「検索魔」になっていた時期があります。でも、あのとき私が本当に欲しかったのは、無機質な専門用語が並ぶ医療情報ではなく、「同じ病気になった当事者は、どうやってこの絶望を乗り越えたの?」という、血の通ったリアルな体験談でした。
「私のこの経験が、いま暗闇の中で悩んでいる誰かの『灯(ともしび)』になればいい」 そんな想いでNOTEに体験談を書き、日々の感情を言語化していくうちに、不思議と私自身の散らばっていた心も、静かに整っていくのを感じました。
そして、発信を続けるなかで、「もっと私らしく、専門的な視点からも深く誰かを支えられる場所を作りたい」という想いが湧き上がり、このブログを開設しました。単なる経験談に留まらず、私だからこそできる独自の視点を掛け合わせてお届けしたいと考えたのです。
- 乳がん当事者・がんサバイバーとしてのリアルな日常
- 元フィットネストレーナーとしての身体への理解や運動の知識
- ピンクリボンアドバイザーとして学んだ正しい知識
つらい副作用に直面したとき、ただ「がんばろう」と根性論で乗り切るのではなく、体の仕組みを理解し、正しい知識を持って自分の心身と向き合うこと。かつての私のように「検索魔」になって不安に怯えている方に、一筋の安心と、具体的な一歩を届けられるような専門的なブログにしていきたい。そう決意したとき、私の心はさらに深く、前を向いて定まっていきました。

薬が効いている証拠」という再解釈に気づいた瞬間
自分の内側に向いていた気持ちを外に向けられるようになった私は、こうしてブログやNOTEの執筆を本格的にスタートさせました。
あるとき、ふと「どんな情報が求められているんだろう」とブログの記事を書いていて、「タモキシフェン 副作用 辛い」という検索キーワードが、世の中で驚くほどたくさん打ち込まれている事実を知ったのです。画面の向こうに、かつての私と同じように、孤独に震えながら検索している人が数え切れないほどいる。
その事実に突き動かされ、私は副作用について、元トレーナーとしての知識やアドバイザーとしての視点も交えながら、必死に詳しく調べ始めました。
そして、調べていくうちに、あるとき「ハッ」と気付いたのです。
「待って。これだけ副作用が出ているということは、それだけ薬が体の中でしっかり効いている証拠なんじゃないの…?」
医学的に見ても、タモキシフェンが体内でしっかりと働いているからこそ、ホルモンのバランスが変わり、体にサイン(副作用)が出ている。そう捉え直した瞬間、目の前がパッと明るくなりました。
がんの治療にとっては、薬が効いているのは間違いなく「よいこと」です。ただの「耐えるべき苦しみ」だった副作用が、「私の体が、がんに負けないために、今まさに薬と一緒に必死に闘ってくれている証拠」という、前向きな闘志へと180度変わった瞬間でした。
今でもつらい日はある。でも、折れにくくなった理由
ここまで私の心境の変化をお話ししてきましたが、だからといって、今の私が「いつでも元気で前向きな、無敵の人間」になったわけでは決してありません。
結論から言うと、今でもぽっきり心が折れてしまう日は、普通にあります。
完璧じゃなくていい。揺れながら進んでいけばいい
生きている限り、悩みというものは本当に尽きないものです。 体調に一喜一憂する日もあれば、家族との関係に悩む日だってあります。一度は「副作用=効いている証拠」と前を向けたはずなのに、どうしても心が暗闇から抜け出せなくなる夜だってあります。
でも、かつての私と少しだけ違うのは、「折れてもいい。またそこから、しなやかに立ち上がればいい」と思えるようになったことです。
いつも100点満点の笑顔でいる必要なんてありません。 心がぽっきり折れた日は、思いきり落ち込んで、自分の弱さを認めてあげる。 完璧を目指して四角四面に生きるよりも、風に揺れる柳の木のように、ゆらゆらと揺れながら進んでいけばいい。そう思えるようになってから、心が少しずつ軽くなっていきました。
時間薬は、確かに効いてくる
つらい日、どうしても下を向いてしまう日。そんな時は、あの日放射線科の看護師さんがくれた「時間薬」という言葉をそっと思い出します。
どんなに長く感じる夜も、必ず朝が来ます。 心が折れてしまっても、また何とか力を振り絞って前を向く。そんな自分を、自分でたくさん褒めてあげる。
そして時には、いい意味で「まぁ、いっか!」と吹っ切ることも、心を保つためにはとても大切なライフハックだと気づきました。思い悩んでも変えられないことは、一度手放して、時間薬に身を委ねてみるのです。
時間が経てば、手術の痕も、心の傷も、少しずつ形を変えて癒えていく。 その「時間薬」の力を、術後1年を過ぎた今の私は、身をもって信じられるようになっています。
同じように苦しむあなたへ伝えたいこと
あなたも、ここまで治療を乗り越えてきた“強い人”
タモキシフェンの副作用に耐えながら、毎日を必死に生きているあなたへ。
「いつまでこのつらさが続くんだろう」「どうして自分だけがこんな目に」と、暗闇の中でスマホを握りしめているかもしれません。でも、どうか思い出してください。あの日、放射線科の看護師さんが私に教えてくれた言葉を。
「ここまで治療を乗り越えてきた方は皆さん、本当に強い。だから、あなたもそうですよ」
今、どんなに自分が弱く思えても、今日まで病気と向き合い、治療を続けてきたあなたは間違いなく強い人です。その歩みそのものが、誇るべき強さなのだと、まずはあなた自身が認めてあげてくださいね。
つらい時は、誰かの言葉に寄りかかっていい
私の好きな言葉の中に、幕末の志士・高杉晋作の辞世の句があります。
「おもしろき こともなき世を おもしろく」
がんになって、つらい副作用に直面して、思い通りにならないことばかりの「おもしろきこともなき」現実かもしれません。 けれど、副作用で苦しくて動けない日も、少し体調が良くて前を向けた日も、そのすべてが愛おしい「私の人生」の1ページです。ただ苦しみに耐えるだけでなく、捉え方を少し変えて、自分の人生を自分らしく「おもしろく」彩っていきたい。このブログには、そんな私の願いも込めています。
それでも、どうしても自分一人の力では前を向けない、ぽっきり心が折れてしまう日だってあります。
そんなつらい時は、無理に強がろうとせず、誰かの温かい言葉にそっと寄りかかってみてください。あの日の私が看護師さんの言葉に救われたように、今度はこのブログが、あなたの心をそっと支える「寄りかかり場所」になれたなら、これほど嬉しいことはありません。
時間薬は、確かに効いてきます。 焦らず、揺れながら、時には「まぁいっか」と吹っ切って、あなたのペースで進んでいきましょう。
だるさがつらい日に、私が実践している“心と体を守る工夫”はこちらにまとめています。
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