乳がん術後1年目の定期検診|術後初めてのマンモの痛みと心の揺れのリアル

術後1年目の検診は、痛みも不安もすべてが初めての体験でした。
胸の固さ、マンモグラフィーの痛み、心の揺れ──あの頃の自分が感じていたことを、今の視点から丁寧に振り返ります。
ブログを開設したものの、放置してしまった理由
開設したのに書けなかった背景
術後1年目の検診を終えた直後、「よし、ブログを始めよう」と勢いよく開設したものの、実は最初から下書きがあったわけではありません。
「トップ画像はどうしよう?」「ブログ名は何にしよう?」と、ただその準備やデザインで1ヶ月くらいずっと悩んでいて……。
そうこうしているうちに、今度はピンクリボンアドバイザーの認定試験の日がどんどん迫ってきてしまい、気づけばそちらの勉強に追われる日々に。
結局、ブログはそのまましばらくの間、放置状態になってしまっていました。
ピンクリボンアドバイザー合格で変わったこと
それから月日は流れ、2月に無事合格通知が届いたことをきっかけに、ようやく重い腰を上げました。 「何か自分の体験を言葉にしていこう」と思ったものの、当時の私はまだ何から書けばいいのか迷っていて……。
最初に向き合ったのは、1年目の検診の思い出ではなく、日々の「心の整え方」でした。
心の整え方の記事から再スタートした理由
ハーブティーを飲む時間、10分間のジャーナリング、そしてタモキシフェンによるメンタルの揺れとその対処法。 心のモヤモヤを落ち着かせる記事を書いていくうちに、ブログはそちらの方向で少しずつ動き始めました。
その結果、一番最初に迎えたはずの「1年目の検診」の記憶が、すっぽりと抜けてしまっていたのです。
でも、2年目の検診を無事に越え、自分の体験を少し引いた視点から見つめられるようになった今。
あのとき何に怯え、どうやって痛みを乗り越えたのか──ようやく、1年目の振り返りを書く準備が整いました。
術後1年目の検診とは|検査の流れと身体の状態
1年目検診のスケジュールと所要時間
私の場合、主治医の診察の1週間前に検査を受け、すべての結果がそろった状態で診察を迎えるという流れでした。検査は、
- 血液検査(肝機能、中性脂肪、貧血などの一般的な検査とホルモン値)
- マンモグラフィー
- 乳腺エコー の3つ。病院で受付をしてからk会計まで、だいたい1時間30分ほどでスムーズに終わる内容でした。
石のように固くなった胸と、最も痛かったマンモグラフィー
1年目の検診で、私が何より不安だったのはマンモグラフィーでした。
術後、そして放射線治療を終えてからの術側の胸は、まるで石のようにカチカチに固くなっていたからです。

「ただでさえ痛いマンモなのに、この状態でちゃんと撮影できるのだろうか?痛みに耐えられるのだろうか?」と、心配でたまりませんでした。
ですが、当日の担当してくださった技師さんが、こんなふうに声をかけてくださったのです。
「1年目の検診の方は、今までのマンモの中で1番痛いと思います。
私もできるだけ負担をかけないように早く撮影するよう努力しますね。
痛いときははっきり痛いと言ってください。
我慢ができるところまでしか今回は胸を広げませんので」
その言葉にどれほど救われたことか。
実際の撮影は、やはり今までで一番痛く、あまりの激痛に思わず腰が引けてしまって撮り直しが1回入りました。
思えば、乳がんが見つかってからマンモグラフィー、マンモトーム、手術前日のマーキングのためのインディゴ注入、漿液腫(しょうえきしゅ)ができた時の処置など、さまざまな痛い検査や処置を経験してきましたが……
術後1年目のマンモが、私にとってはダントツの痛みでした。

乳腺エコーとドプラ法の恐怖
マンモのあとの乳腺エコーでは、術側の反対側にいくつかの「嚢胞(のうほう)」が見つかりました。
何度もエコーを受けていると、検査の進み方がだんだん分かってきます。
何か見つかった瞬間、技師さんの手がピタッと止まり、画面が「ドプラ法(血流を見る機能)」に切り替わる。
その手順を知っているからこそ、ドプラ法に切り替えられるたびに
「何か悪いものが見つかったのかも……」と、
胸の奥がキュッと締め付けられるような不安に襲われました。
1年目の心の揺れと向き合い方
再発への恐怖と夜中の検索癖
1年目の検診を無事に終えても、心の底から安心できたわけではありませんでした。
「もしかしたら、またどこかに…」という再発への恐怖がふと頭をよぎり、
夜中にスマホで医療情報を検索しては、さらに不安を大きくしてしまう夜が何度もありました。
タモキシフェンによるメンタルの揺れ

さらに、ホルモン療法(タモキシフェン)を始めたことで、理由もなく心がざわついたり、気持ちが落ち込んだりする日が増えました。
「薬の副作用なのは頭ではわかっていても、この心の波にどう付き合っていけばいいんだろう」と、戸惑うことばかりだったのです。
私が実践した心を整える小さな習慣

そんな揺れ動くメンタルの中で、私が少しずつ取り入れていったのが、日々の小さな習慣でした。 心を落ち着かせるハーブティーをゆっくり飲む時間。
頭の中のモヤモヤや不安をノートにすべて書き出す「10分間のジャーナリング」。 深呼吸をして、自分の体の感覚に優しく意識を向けること。
すぐに劇的な変化があったわけではありませんが、こうした小さなセルフケアを重ねることで、波立つ心を自分で支える「静かな強さ」が少しずつ戻ってきたように感じます。
🔗乳がんホルモン治療(タモキシフェン)の副作用・抑うつを乗り越える。一杯のハーブティーで心を整える対処法
🔗タモキシフェンの副作用で心が限界…私を救った「10分間の独り言ノート」の体験談
主治医との関係が支えになった理由
初診からの経緯を知っている安心感

1年目を乗り越える上で、何よりも心強かったのは主治医の存在でした。
初診の混乱していた時期から、手術、放射線治療、そして今回の1年目検診に至るまでのすべての経緯を分かってくれている。
その安心感があるだけで、診察室のドアを開けるときの緊張がフッと軽くなりました。
小さな疑問や不安も質問しやすい環境
「こんな細かいこと聞いていいのかな」と思うような疑問でも、先生はいつも真っ直ぐ向き合って、丁寧に答えてくれました。
放射線後の胸の固さのこと、痛みのこと、薬の副作用による気分の波のこと。
どんな小さな不安も「それはよくあることだよ」と言葉にしてもらえるだけで、どれだけ救われたか分かりません。
先ほどの乳腺エコーで見つかった嚢胞についても、その後の診察で主治医の先生から「これは良性のものですから心配いりませんよ」と丁寧に説明していただき、
さらに「その日の体調、例えば寝不足が続いていたりすることによっても嚢胞ができることがあるんだよ」と教えてもらえたことで、不安が消え、肩の力も抜けたのを覚えています。
こうして、初めての1年目検診を無事に乗り越えることができました。
1年目だからこそ必要だった「寄り添い」の温かさ
治療が終わったとはいえ、患者側からすれば「本当にこれで大丈夫なの?」という手探り状態が続く1年目。
まして、診察は3か月に1回で「変わりありませんか?」と聞かれるだけなので、
こちらから主体的に不安な事や疑問点を毎回ノートにまとめて主治医に質問していました。
だからこそ、医療のデータや数値だけではない、心に寄り添ってくれる主治医の言葉や表情が、私にとって一番の灯台になっていました。
まとめ|1年目は「揺れながらも前に進む時間」
痛み・不安・技術の理解がすべて初めての年
術後、術側の胸全体の神経がビリビリするような疼痛、手術痕の痛み、タモキシフェン服用による副作用の不安。 さらに大学病院から地域医療へ連携され、医療技術の仕組みを初めて一つひとつ知っていく── それが術後1年目という時間でした。
セルフケアと主治医の言葉が支えになったこと
心の揺れに戸惑いながらも、好きなハーブティーを飲む時間、 不安や気持ちを無心で書き出すジャーナリングなど、 小さなセルフケアを積み重ねて自分を整えてきました。
大学病院から地域医療に移っても変わらず診てくださる主治医の存在は、 「この先生がいるから大丈夫」と思える灯台のような安心でした。
2年目につながる確かな土台になった一年
術後1年目のすべての経験が、今の自分、そして2年目へとつながる確かな土台になりました。
今、1年目を迎えて不安の中にいる方へ。 「自分のペースでゆっくり進んで大丈夫だよ」とそっと伝えたいです。
放射線科を卒業するときに 看護師さんから言われた言葉が、今でも私の心を支えてくれています。
🔗タモキシフェンの副作用がつらいあなたへ。時間薬が効いてくると教えてくれた言葉
合わせて読みたい記事
乳がん術後2年目検診のリアル|マンモの痛みはどう変わる?最新エラストグラフィー体験記 – Lavender Bloom
タモキシフェン副作用はいつから?開始前に知りたい「食べてはいけないもの」と私の体験談 – Lavender Bloom
がん保険の加入は「健康な今だけ」──疑いの段階で入れなかった私の後悔と教訓 – Lavender Bloom
免責事項
- 本記事は、筆者自身の体験に基づく個人の記録です。医療的なアドバイスや診断を代わるものではありません。
- 症状や治療の経過には個人差があります。気になる症状や不安がある場合は、必ず担当の医療機関にご相談ください。
- 医療に関する最新の情報や詳細については、必ず主治医や専門の医療機関にご確認ください。
合わせて当ブログの免責事項・プライバシーポリシーもご確認いただけると幸いです。








